FAMILY'S INTERVIEW 武雄で暮らす人々

天才と戦わない「逃げの戦略」。武雄で見つけた、自分だけのナンバーワンの作り方。 イメージ1

天才と戦わない「逃げの戦略」。
武雄で見つけた、自分だけのナンバーワンの作り方。

2026.02.01

武雄市の中心部ケーブルワン・スポーツパークの目の前に、スタイリッシュなアトリエがある。

そこは、映像制作の拠点であり、佐賀県内で唯一「ベアアート」を体験できる場所、『NISHIKAWA Lab』『ベアアート佐賀』だ。

代表の西川進一さんは、一見すると自由奔放なアーティスト。しかしその内側には、驚くほど緻密で、ある種「泥臭い」ほどの戦略が隠されていた。

元俳優、そして地域に根ざした活動を経て独立。一見すると型破りなキャリアを歩んできた西川さんだが、その根底には「地域で一番になる」という、驚くほど冷静で緻密な哲学があった。

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2,000人から選ばれた役者時代。そして感じた「時代の変わり目」

西川さんの物語は、20歳の春、衝動的に飛び出した東京から始まる。

「このまま地元でなんとなく歳を重ねるのが怖かった。」と振り返る彼は、ツテも金もないまま上京し、その足で大手芸能事務所のオーディションを受けた。

「2,000人受けて、受かったのは20人。運良くその一人に残れたんです。」

そこから8年間、早朝と深夜の新聞配達で食い繋ぎながら、表現者としての牙を研ぐ日々。しかし28歳を過ぎた頃、西川さんはある変化を敏感に察知する。メディアの主役がテレビから個人の発信へと移り変わる、YouTubeブームの到来だ。

「自分が役者を目指したのは、表現を通じて影響力を持ちたかったから。でも、わざわざ東京で高い家賃を払い続けなくても、自分というメディアを発信する場所はどこにでもある。そう気づいた瞬間に、武雄へ帰る決意が固まりました。」

「まずは地域の一員として。」信頼を積み上げた助走期間

地元に戻った西川さんは、すぐに映像の仕事を始めるのではなく、あえて「地域に溶け込む時間」を設けた。そこで選んだのが、地元の郵便局での仕事だった。

「東京に長くいた自分が、いきなり田舎でクリエイティブな仕事を始めても、地域の方々からすれば『何者だろう?』と不安にさせてしまう。まずは自分自身が地域を支える仕事に就き、一人の住民として信頼してもらうことが、何よりも大切だと考えたんです。」

この期間に培った人との繋がりや、地域特有の空気感への理解。それが、後の独立における大きな財産となった。

その後、知人の会社でネット販売やSNS集客のノウハウを学び、満を持して映像制作にて独立。ここでも彼の戦略は冴え渡る。 わざと髪を赤やピンクに染め、街を歩いた。

「『あの派手な人は何者だ?』と噂になれば勝ち。武雄で映像制作やYouTube支援をやっている人は当時いなかったので、目立てば勝手に向こうから声がかかるようになります。」

自らコミュニティFMに掛け合い、スポンサーを自力で集めてラジオ番組までスタートさせた。常に「誰もやっていない場所」に自分の旗を立て続けた。

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天才と戦わない。それが僕の「逃げの戦略」

西川さんは、自身の生き方を「逃げの戦略」と呼ぶ。

「映像制作の激戦区、いわゆるレッドオーシャンで画一的な競争の中に埋もれるよりも、自分の個性が最も輝く場所で勝負したかったんです。武雄というこの場所で、自分にしかできない価値を追求する。それは決して逃げではなく、自分が一番になれるフィールドを主体的に選ぶという戦略でした。」

現在、アトリエで行っている「ベアアート」のワークショップも、その想いから生まれた挑戦の一つだ。

もともと絵を描くことやアートをこよなく愛していたが、周囲からは「アートはハードルが高い」「難しそう」という声を耳にすることが多かった。

「誰もがもっと気軽にアートを楽しみ、その魅力を肌で感じられる場を作りたい」――そんな願いを抱いていたときに出会ったのが、ベアアートだった。

県内で先駆けて取り入れたこのワークショップは、広告を一切出さずともSNSや口コミで話題を呼び、今や県内外から予約が殺到。土日は常に満席となるほどの盛況ぶりだ。

「戦う場所を変えれば、可能性は一気に広がります。大切なのは、自分のスキルや情熱が、誰かの喜びとして最大化される場所を見極めること。それが結果として、ビジネスとしての成功にも繋がっていくのだと思います。」

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武雄という「挑戦を許容する街」で、変わり続ける。

DIYで作り上げたアトリエ。壁を塗り、ロゴを自作するプロセスすらもSNSで発信し、オープン前からファンを作っていく。

西川さんにとって、仕事もアートも人生も、すべては「実験」の連続だ。「武雄は家賃も安く、コストを抑えられる。だからこそ新しい挑戦にリソースを割けるんです。」と語る。

そんな彼に、今後の目標を聞いてみた。

「ずっとこれを続けたい、という執着はないんです。時代も自分の興味も変わっていく。だから、1年後の自分が『これやりたい!』と思ったことを、すぐに形にできる環境でいたいですね。」

根底にあるのは、「自分が楽しみ、それを受け取った人が喜ぶ」というシンプルな循環。

西川進一の歩みは、これからも止まらない。 次に彼がどんな新しい「遊び」を仕掛けてくるのか。武雄の街は、それを楽しみに待っている。

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武雄そしてお結び課について

ー 武雄市ってどんなところ?

みんなが思う田舎とはちょっと違っていて、意外と何でも揃うしアクセスも抜群。福岡まで1時間で行けちゃうんです。家賃も安いから、新しい挑戦へのハードルが低いのが魅力ですね。街全体に「面白いことをやろう」って空気があるし、これから大学もできる。僕みたいに独自の戦略で勝負したい人には、これ以上ない最高の拠点だと思いますよ!

ー 武雄市のおすすめのスポットは?

店舗の道路を挟んで目の前にあるケーブルワン・スポーツパークです。自転車の練習や野球などボール遊びをしてます。他の公園でよく見られる「ボール遊び禁止」といった制限がないので自由にうのびのびと子供と遊べます。

 

INFORMATION

NISHIKAWA Lab
映像制作(企業PR・商品PR)
SNS活用支援(YouTube/instagram/TikTokの撮影・編集)
ドローン撮影 instagram @nishikawa.lab

ベアアート佐賀
instagram @bearartsaga

 

編集後記

「戦略」という言葉から受ける冷たさは、西川さんには一切ありませんでした。それは彼が、自分を客観視する勇気と、周りの人を喜ばせたいという純粋な好奇心を両立させているから。戦わずして勝つ。その優しくて強い生存戦略に、深く勇気をもらったインタビューでした。

取材・撮影:落水恒介