武雄温泉駅の構内にあり、旅の始まりを彩る「武雄温泉駅観光案内所・武雄 旅 書店」。
ここで柔らかな笑顔で観光客を迎え入れているのが、カルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC [※1])の猪木原伸基(いなきはら・のぶき)さんです。
ビデオレンタル業界から図書館運営、そして観光案内所の運営へ。
一見、脈絡がないようにも思えるそのキャリアの裏側には、「よそ者」だった彼が「市民」へと変わっていった、ある大きな転機がありました。
[※1] カルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC) ・・・ TSUTAYAなどを手掛ける企業。単なる小売業にとどまらず、公共施設のデザインや運営を通じた「街づくり」を行っています。武雄温泉駅の観光案内所(本屋・カフェ併設)の企画・運営も同社が担っています。
40歳を過ぎてから手にした「司書」の資格
香川県で生まれ育ち、「働かなければ」という一心で地元のビデオレンタル店に就職したのがキャリアの始まりでした。その後、会社のM&Aによる社風の変化を機に退職し、当時の上司の勧めでCCCに入社した猪木原さん。長年レンタル事業に携わってきた彼に、予想外の辞令が下ります。
それは、岡山県高梁市(たかはしし)にある「公立図書館」の運営スタッフへの異動でした。
「実は、それまでの私はほとんど本を読まない人間だったんです。漫画を読む程度で、図書館とは無縁の生活。そんな自分が図書館を運営する側に回るなんて、最初は戸惑いしかありませんでした。」
40歳を過ぎてからの、縁もゆかりもない土地への単身赴任。しかし、この環境が猪木原さんの人生を大きく変えます。
「せっかくなら勉強しよう」と一念発起し、ビジネス書を読み漁る日々。ついには難関の「図書館司書」の資格まで取得したのです。本を読まなかった男は、いつの間にか公共の場としての図書館の役割や、その面白さにどっぷりと浸かっていきました。
「会社の人間」から「まちの住人」へ
高梁市での5年間で得た一番の収穫は、資格だけではありませんでした。
猪木原さんは、図書館の運営という枠を飛び出し、地元の伝統芸能「備中神楽(びっちゅうかぐら)」の魅力を伝えるために商店街で公演を企画したり、マルシェを開催したりと、地域に深く入り込んでいきました。
「活動を続けるうちに、『CCCの社員として仕事をしている』という感覚から、『高梁市の市民としてここで生活し、仕事をしている』という感覚に変わっていったんです。地元に対してそんな風に愛着を持てたのは、自分にとって大きな発見でした。」
この「自分たちのまちを楽しむ」という視点が、現在の武雄での活動の根底に流れています。
武雄の玄関口で、未来の「ファン」を育てる
武雄市へ赴任した猪木原さんが、今、最も力を入れているのが観光列車「ふたつ星4047」のお見送り活動です。毎週、金・土・日・月曜の午前10時15分。観光案内所のスタッフだけでなく、地元の幼稚園児たちも一緒になって、ホームに入ってくる列車に全力で手を振ります。
「園児たちが元気に手を振る姿は、乗客の皆さんにとって最高の旅の思い出になります。それと同時に、子供たちが幼い頃から地元の素晴らしい資源に触れることで、自分のまちを好きになるきっかけになってほしいと思うんです。」
武雄には温泉や御船山楽園といった素晴らしい観光地がありますが、地元の人こそ、その価値に気づいていないことも多いーー。猪木原さんは、観光案内所を「外から来た人だけが利用する場所」ではなく、「地元の人が、地元の魅力を再発見する場所」にしたいと考えています。
武雄そしてお結び課について
ー 武雄市ってどんなところ?
移住者が愛する、武雄の「日常」
武雄での暮らしについて尋ねると、「故郷の香川に雰囲気が似ていて、本当に住み心地が良い」と顔をほころばせます。田舎の良さをしっかりと残しつつも交通の便が良く、生活空間として非常に恵まれている点に魅力を感じているそうです。
ー 武雄市のおすすめのスポットは?
猪木原さんのプライベートなおすすめは、意外にも身近な場所にありました。
「よく行くのは『たけお屋さん(青果店)』ですね。新鮮な野菜や惣菜が驚くほど安くて、自炊派の私には欠かせない存在です。あとは24時間営業の『トライアル』。DX(デジタルトランスフォーメーション)を駆使した企業姿勢が好きなんです。品揃えが豊富ですし、九州ならではの甘い醤油や四角い豆腐を眺めるのも、いまだに新鮮で楽しいですよ。(笑)」
「よそ者」の視点を持ちながら、誰よりも武雄の日常を面白がっている猪木原さん。彼が作る「横の繋がり」は、観光案内所という枠を超えて、今日も武雄のまちを少しずつ、温かくつないでいます。
INFORMATION
猪木原 伸基
武雄温泉駅観光案内所/武雄 旅 書店
Instagram @takeotravel_info_books
Web site https://www.ccc.co.jp/project/project-no05/
【ご案内】
武雄温泉行きから長崎駅へと旅をする観光列車「ふたつ星4047」
始発駅の武雄温泉駅では毎週金・土・日・月にお見送りをしています。
観光案内所スタッフが駅のホームまで案内します。
- 集合時間:朝10時15分
- 場所:武雄温泉駅観光案内所
- 列車の出発:10時22分
参加無料。お一人でも、友達同士でも、ご家族でもOK!
お問合せ先:観光案内所 0954-22-2542
編集後記
インタビュー中、一番優しい表情をされていたのが、園児たちと一緒に「ふたつ星4047」を見送るエピソードを話された時でした。単なる観光案内ではなく、次世代を担う子供たちに地元の誇りを手渡していく。そんな猪木原さんの活動は、武雄の街にゆっくりと、しかし確かな温かい灯をともしています。次に列車がホームに滑り込むとき、私もその「お見送り」の輪に加わってみたいと思います。
取材・撮影:落水恒介