FAMILY'S INTERVIEW 武雄で暮らす人々

日本の消防を、武雄からアップデートする。元消防士・小田聖志郎が燃やす、静かな情熱の正体。 イメージ1

日本の消防を、武雄からアップデートする。元消防士・小田聖志郎が燃やす、静かな情熱の正体。

2026.02.08

武雄市図書館の柔らかな光の中で、パソコンに向かう一人の男性がいる。小田聖志郎、株式会社FIREの代表だ。

彼はかつて、15年間にわたり消防の最前線で命と向き合ってきた。現在は「日本消防を応援する男」として、オーストラリア発祥の「消防士カレンダー(Japanfirefighterscalendar)[※1]」の日本版発行や、YouTubeでの情報発信、さらには海外の最新技術を国内に広める教育事業、防火服や消防資器材の販売など、その活動は多岐にわたる。

なぜ彼は、安定した公務員という職を辞し、自ら道を切り拓くことを選んだのか。その根底には、幼少期の記憶と、現場で積み重ねた「救えなかった」という悔恨があった。

[※1] 1993年のオーストラリア発祥。現役消防士がモデルを務め、鍛え抜かれた肉体美を通じて消防の魅力を発信。売上の多くは慈善団体へ寄付される仕組みで、世界各地で親しまれているチャリティカレンダー。

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友人の家が焼けたあの日。少年が抱いた「誓い」。

小田さんが消防士を志した理由は、あまりに鮮烈な原体験にある。小学4年生の時、仲の良かった友人の家が火事で全焼した。

「みんなで文房具や服を寄付したけれど、結局、友人は隣町へ引っ越すことになってしまった。おばあちゃんの家に身を寄せる姿を見て、子供ながらに言葉にできないショックを受けたんです。」

その光景が焼き付き、19歳で念願の消防士になった。合格の知らせを受けた瞬間、母へ電話し、嬉しさのあまり大声で叫んだ日のことは今も忘れない。しかし、夢を叶えて飛び込んだ現場で待っていたのは、想像以上に過酷な現実だった。

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「一人も助けられなかった」15年間の葛藤。

消防士として勤務した15年間。小田さんは常に自問自答を繰り返していた。

「実は、火災現場で生存した状態でお助けできた経験が、一度もないんです。救急の現場でも、心肺停止の方が社会復帰された現場を経験することはありませんでした。人命救助の難しさをこれでもかと思い知らされた15年間でした。」

追い打ちをかけるように、日本消防が抱える課題も見えてきた。住宅構造が「高気密・高断熱」へと進化し、屋内進入するスキルが不可欠となる時代に入ってきた。しかし、その時代の変化に追いつけていない部分を少しずつ感じ始めた。

「組織が細分化され過ぎている日本消防の現状でスキルをアップデートするのに時間がかかり過ぎる。それなら、自分が外に出て、世界各国の最新の技術を持ち帰り、広める役割りになればいい。」

その決意が、彼を退職、そして起業へと突き動かした。

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カレンダーは、信頼を勝ち取るための「入り口」。

起業後、彼がまず着手したのは「消防士カレンダー(Japanfirefighterscalendar)」の制作だった。そして、そこには緻密な戦略があった。

「いきなり『日本の消防を変える』と正論を言っても、誰も耳を貸してくれません。まずは影響力と信頼、仲間を作る必要があった。だからこそ、退職金を全て使って消防士カレンダーを制作しました。」

そして消防士カレンダーをコツコツと販売し、売り上げから120万円を能登半島地震の復興支援として石川県に寄付し、メディアや公的機関からの信頼を一つずつ積み上げる。すべては、本丸である「消防教育のアップデート」という山を動かすための土壌づくりだった。

退職してからは、オーストラリア、アメリカ、台湾、中国などに渡航し、国際規格の訓練を修了したり、公的機関に招いていただけるようになってきた。4月からは、いよいよ日本の消防士や消防団に、世界基準の技術を伝えるフェーズへと突入する。

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「それ、武雄が始めます。」への共鳴。

小田さんは今、佐賀県武雄市を拠点に活動している。

「武雄の『それ、武雄が始めます。』というキャッチフレーズが大好きなんです。ここは挑戦者に本当に優しい街。しがらみのないこの場所だからこそ、新しい価値を生み出せると確信しています。」

現在は空き家を買い取って訓練施設にして、全国の消防士達がリアルな訓練にができる環境を武雄市内に作る構想が進んでいる。

「10年後、『あの時、小田が言っていたことが現実になったね』と言われるような景色を作りたい。日本消防がもっとレベルアップしながら世界と交流を続けることで、全世界で救える命が増えると思っています。」

かつて火事で泣いた友人の面影と、現場で救えなかった命の重み。そのすべてを燃料に変えて、小田聖志郎は今日も走り続ける。日本の消防の未来を、この武雄の地から照らすために。

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武雄そしてお結び課について

ー 武雄市ってどんなところ?

武雄はとにかく「挑戦者に優しい街」ですね。市のキャッチフレーズ通り、新しいことを応援してくれる空気がある。大都市にいたら、今の消防の活動は絶対に生まれてなかったって断言できます。ここはチャレンジが許容される場所。何者でもない僕を支えてくれた、本当に温かくて最高の拠点ですよ!

ー 武雄市のおすすめのスポットは?

「武雄市図書館」です。消防士TVなど動画編集作業や新しい企画を作るときはいつも「武雄市図書館」です!

 

INFORMATION

株式会社FIRE
Web site https://www.japan-firefighters-calendar.com/
instagram @japan_firefighters_calendar
TikTok @jpnfirefighterscalendar

 

編集後記

小田さんの凄まじい行動力の源泉は、どこにあるのか。その答えは、彼がかつて青春のすべてを捧げたサッカーにある。高校3年間、何度も全国の舞台に立ったストライカー。しかしその華々しい記録の裏側は、ボロボロの身体との戦いでもあった。腰に重い負傷を抱えながらも、ブロック注射を打ち、強引にピッチに立ち続けた。なぜそこまでやるのか?「全力を出し切ることがモットーなんです。」と小田さんは笑う。小田さんの言葉の端々からはサッカーで培った「全力」の姿勢が伝わってきた。それは決して激しい炎のようなものではなく、一度火がついたら消えることのない、炭火のような静かで強い情熱です。彼がアップデートする日本の消防が、一人でも多くの命を守る未来を私は確信せずにはいられない。

取材・撮影:落水恒介