「武雄には、酒蔵がひとつもないんです。観光の街なのに、それは寂しいじゃないですか。」
そう語るのは、武雄市で美容室を営む傍ら、立ち飲み屋のオーナー、そして新たにクラフトビール醸造家という顔を持った外尾大輔(ほかお・だいすけ)さん。
ハサミを置き、夜はカウンターに立ち、休日は麦芽と向き合う。一見するとバラバラに見える点と点は、彼の中では「物作り」という一本の線で繋がっていました。
「焼き物」と「美容」、二つの道を走った学生時代
生まれは塩田、育ちは武雄。母が美容師だった影響もあり、幼い頃から「作る」ことに没頭する子供でした。高校は有田工業高校のセラミック科へ。
「当時は100円均一が普及し始めた頃。焼き物の価値を上げ、商売として成立させる厳しさを肌で感じました。でも、物作りは諦めたくない。それなら、もう一つの興味だった美容の道も同時に歩もうと決めたんです。」
高校に通いながら、通信制の美容学校にも通うダブルスクール。さらに卒業後も窯業大学校へ進み、陶磁器と美容、二つの専門性を同時に磨き続けました。授業が終われば夜まで土をこねる。そんな「職人」としてのストイックな土台が、この頃に築かれました。
聖地イタリアで知った「自分の居場所」
美容師免許取得後、借金をして美容の聖地・イタリアへ。本場のヘアショーやサロンワークを肌で感じた外尾さんが得たのは、意外にも「日本人を相手にしたい」という確信でした。帰国後は関東や福岡の激戦区で修業を重ねますが、あまりのハードワークに心身は限界を迎えます。
「手もボロボロになり、一度立ち止まったんです。それで20代後半、導かれるように武雄へ戻りました。」
挫折を経て辿り着いたのは、母が守ってきた実家の美容室。遠回りをしたからこそ、自分の技術を注ぐべき場所が明確になりました。
どん底のコロナ禍で見出した「光」
美容室の後継として順調にキャリアを重ねていた外尾さんを襲ったのが、新型コロナウイルスでした。
「結婚式はなくなり、外出自粛でお客さんも激減。美容室は直接肌に触れる仕事なのに、飲食店のような手厚いサポートもほとんどない。正直、最悪の状況でした。」
しかし、彼はそこで立ち止まりませんでした。「それなら、ずっと興味があった飲食を始めよう。」コロナ明けに観光客が戻る未来を見据え、美容室の宣伝も兼ねた立ち飲み屋「ギルド」をオープンさせます。
武雄初のビール工場、AIと職人技の融合
立ち飲み屋を営む中で、ある事実に突き当たります。佐賀県内で他地域にはある酒蔵が、武雄にはひとつも存在しないこと。
「ないなら、自分で作ればいい。お客様から求められていたクラフトビールなら、この街の新しい名物になれるはずだと思ったんです。」
そこからの行動は迅速でした。長崎の醸造所に通い詰め、島根で研修を受け、2025年末、ついに自社工場を完成させます。驚くべきは、そのレシピ作り。
「配合のヒントにはAIも活用しています。自分の感性と最新のテクノロジーを掛け合わせる。地元のレモングラスを使ったビールや、サウナ専用の『ヴィヒタビール』なども開発予定、個人だからこそできるスピード感で形にしていきたい。」
「やろうと思えば、何でもできる」この街で
現在は、美容師としてハサミを握りながら、夜や休日をビールの醸造に充てる多忙な日々。それでも、外尾さんの表情は晴れやかです。
「ビール工場をメインに据えていきますが、美容室も、立ち飲み屋も辞めません。お店でお客さんの生の声を聞いて、それをすぐに次の仕込みに反映させる。この循環が楽しいんです。」
JR武雄温泉駅のホームでビールを楽しむイベント「ビアホーム」の企画など、彼の構想は街全体へと広がっています。
職人としてのこだわりと、経営者としての冷静な視点、そして何より街を楽しむ遊び心。外尾さんが醸すのは、ビールという飲み物以上に、武雄の新しい「文化」なのかもしれません。
武雄そしてお結び課について
ー 武雄市ってどんなところ?
「武雄は、やろうと思えば何でもできる場所。新しい挑戦を許容してくれる空気があります。面白いことをこれからも作っていくので、一緒に楽しみましょう。」
ー 武雄市のおすすめのスポットは?
歴史ある武雄温泉や、炭鉱時代の物語が息づく北方ちゃんぽんで有名な「井出ちゃんぽん」などの食文化、そして武雄焼。
INFORMATION
DwarfBrewery
instagram @dwarf.brewery
ビュアレディースラソン えむ
instagram @emu_takeo
立ち飲み屋Guild
instagram @guild_takeo_
編集後記
お話を伺っている間、外尾さんの口から「大変だ」という言葉は一度も出ませんでした。美容、立ち飲み屋、ビール醸造。一見すると多忙を極める毎日を、彼は「物作り」という一つの遊びのように楽しんでいる。その軽やかさが、武雄という街に新しい風を吹き込んでいるのだと感じました。
取材・撮影:落水恒介