武雄温泉駅から徒歩3分。大きなカニの看板が目を引く一風変わったお店があります。その名は「カニの武丸」。
店主の石倉優一郎さんは、島根トヨタでトップセールスとして君臨した、いわば「売るプロ」です。そんな彼がなぜ、安定したキャリアを捨て、一度は離れた故郷・武雄でカニを茹でているのか。
5人の子どもを抱え、ゼロからの起業に挑んだ石倉さんの、熱くて少し型破りな物語を紐解きます。
挫折から始まった「売る」才能の開花
石倉さんの原点は、意外にも「競輪」にありました。
「小中高と武雄で過ごし、競輪選手になることしか考えていませんでした。でも、試験に落ちてしまって……」
夢が破れ、祖母の勧めで就職した大手企業。しかし、そこでの生活に違和感を覚え、単身福岡へ。その後、現在の奥様と出会い、彼女の実家がある島根県へと移り住みます。
島根トヨタへ入社した石倉さんに待っていたのは、過酷な現実でした。
「配属先は知り合いもいない田舎の店舗。最初の5年間は、とにかく飛び込み営業の日々。月に1台売るのがやっとでした。」
しかし、ここで折れないのが石倉さん流。「死に物狂いでやった」という努力は実を結び、最後の数年はグループでもトップクラスの成績を収めるまでになりました。
「家族との時間」を求めて選んだ、カニ屋という道
島根トヨタで頂点を極めながらも、石倉さんの心にはある葛藤が芽生えていました。「どれだけ車を売っても、得られる手応えはこの程度なのか……」。仕事への情熱がどこか空回りし、家族と過ごす時間さえ犠牲にしている日々に、限界を感じ始めていたのです。
そんな折、一人の顧客との出会いが運命を変えます。それは、水産業の拠点である鳥取県・境港の業者さんでした。
- 「九州からも、カニの注文がよく来るんだよ。」:車を販売した縁で数年にわたりカニを買いに通うなか、石倉さんはこの言葉を繰り返し耳にします。
- 武雄に足りなかったピース:改めて地元を見渡すと、スーパーでカニは買えても、手軽に楽しめる専門店は近隣にほとんどない事実に気づきました。
- 「自分でカニ屋をやる」という決断:市場のニーズと、自身の「家族との時間を守りながら、手応えのある仕事をしたい。」という想いが、カニ屋という道で一つに重なりました。
安定したキャリアを捨てて選んだのは、故郷・武雄にこれまでにない「食の楽しみ」を作る挑戦。トップセールスマンとして培った直感と決断力が、彼を新たなステージへと押し上げたのです。
98%が加工に回るカニを、あえて「生」で出す贅沢
「カニの武丸」が扱うのは、境港産のベニズワイガニ。実はこれ、非常に足が早いため、市場に出回る1〜2%以外はすべてカニカマなどの加工品になってしまう希少なものです。
「独自のルートでこの新鮮なカニを仕入れ、5月から『食べ放題』を始めました。これが手応えアリで。平日は卸やFC展開の準備に充て、週末に営業を集中させる。今の武雄の規模感や、家族との時間を考えると、これがベストな形なんです。」
さらに、石倉さんの戦略は止まりません。
冬は「カキ」、夏は「カニ」と「天然氷のかき氷」。
このパッケージを武器に、フランチャイズ展開も見据えています。
「まずは1年以内に島根の松江にモデル店を出したい。そこから九州一円に広げていくつもりです」
「住めば都」のその先へ
順風満帆に見える石倉さんですが、最近ではフォロワー1,800人のInstagramアカウントが乗っ取られ、消失するという悲劇にも見舞われました。
「正直、心は折れかけました(笑)。でも、今はゼロからやり直して、SNSなどでカニの剥き方の動画を配信しています。熱意を持って動けば、必ず誰かが助けてくれる。それが武雄という街の温かさでもありますから。」
カニを通じて、武雄と島根の架け橋になる。
元トップ営業マンの「本気の挑戦」は、まだ始まったばかりです。
武雄そしてお結び課について
ー 武雄市ってどんなところ?
武雄は、挑戦する人に「ちょうどいい」場所
「田舎すぎず、都会すぎない。福岡や長崎へのアクセスも抜群です。生活に必要なものはコンパクトに揃っているし、家族で住むには最高の環境ですよ。」
ー 武雄市のおすすめのスポットは?
「武雄競輪場」
「人力だけで戦うプロの姿には、ルールを知らなくても感動します。私の叔父(國武耕二選手)も現役で頑張っていますが、大人が必死に自転車を漕ぐ迫力を、ぜひ一度体感してほしいですね。」
INFORMATION
カニの武丸
instagram @kani.takemal
TikTok @kani.takemaru
編集後記
「カニ屋です」と笑う石倉さんの目には、営業マン時代の鋭さと、家族を愛するパパの優しさが同居していました。武雄で美味しいカニをお腹いっぱい食べたいときは、ぜひ彼の「熱さ」に触れに行ってみてください。
取材・撮影:落水恒介